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イラストのエピソード

Illustration by Giovanni Pintori

トップページのイラストは、私がミラノ在住時(1994年頃)にジョバンニ・ピントーリ(Giovanni Pintori)氏から直接いただいたものをもとにWeb用に手を加えたものです。
氏の生まれ故郷である地中海の島サルデーニャ島の海とそこに持っていた船、そして操船しているご自身が描かれています。
この絵はよく見ると少しかわっています。普通は海が蒼くて雲は白いはずですがこの絵は逆、しかも夕日があたってないのに船は朱色。
しかし、この絵を見た多くの人はそのことがあまり気になりません。それ以上に真夏の活き活きとしたダイナミックな雲に圧倒されるのです。そして朱色の船。この作品はもともと「絵手紙」として描かれました、日本ならさしずめ暑中見舞いか、残暑見舞いでしょうか。私はその性質から自分を示す意味の「印」、日本の朱印をイメージしたのではと思っています。

ピントーリ(1912-1999)氏は、イタリアのサルデーニャ島生まれ。1936年からオリベッティ社のアートディレクターとして活躍したイタリアを代表するグラフィックデザイナーで、アートディレクターとしても草分け的存在ですが、人間としてはかなり頑固な方として有名でした。
私が知り合った当時、氏は病気により右の利き腕が不自由になったため現役当時のような絵が描けず、頑固さ故から(かっこわるい自分はみせたくない)人に会うことを極端に嫌っていましたが、幸運にも私は度々自宅を訪問したり、昼食を一緒にするチャンスに恵まれ、他にも貴重な水彩画を頂きました。
氏はミラノ市内の南西、運河に沈む夕日が美しく見えるアパートの最上階に住まわれていましたが、その家の購入資金と老後の生活費は持っていたモディリアーニの絵をオークションで売却して得たとのことでした。

1970年頃(と思われる)日本で行われたある座談会の記録があります。出席者は亀倉雄策、向秀男、永井一正、田中一光。何れも日本を代表するグラフィックデザイナーやアートディレクターですが、彼らが師と仰ぐジョバンニ・ピントーリが来日した機会を捉えて開催されたようです。その座談会の最後にこんな話が記録されています。
・・・私も一度ラジオの広告を考えたことがあるのですが、五分だけ借り切って、まったく静かにしておいて、最後に「この静けさの提供はオリベッティでした」というようなことを考えたことがあります。(笑)
これが、私どものポリシーです。

グラフィックデザイナーとして視覚的に素晴らしい作品を残した人ですが、その思考や時代を読み取るセンス、アイロニーとユーモアーのセンス、とにかく素晴らしい感性の持ち主でした。
もちろん一緒に仕事をしたことはありませんが、氏から直接聞いたオリベッティ社のイメージ戦略の話、IBMとのエピソード、その全てが私の今の仕事の糧となっています

ミラノへ出張した折り、自宅に電話すると「今ベッドで横になっているから会えないよ、またミラノに来たら寄ってくれ」この会話が最後となりました。
あれからもう10年以上が経ち、多くの作品も散らばっているようです。いつか、日本で氏の展覧会を開催したいと考えています。

株式会社 セスタンテ
代表取締役 中嶋 吾

 

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